前々から行こうと思っていた海沿いのサイクリングロードに行って来たので忘れないうちに。江ノ島あたりから茅ヶ崎まで10kmくらいのサイクリングロードがあってそこが大変に気持ちよい。高校生くらいのときは、江ノ島まで頑張れば自転車にて2時間で海に着いたから、そこのサイクリングロードはよく行っていたのだが、大学生になってから以降は、より内陸のほうに引越したし、かつバイクと車ばっかり乗るようになったから、海沿いのサイクリングロードに行くことから遠ざかっていた。今回はバイクの車庫に眠っていた折りたたみ自転車を引っ張り出して、車で茅ヶ崎のほうまで行ってきた。最近サーファーが利用する無料の駐車場の存在がけっこう自転車散策基地として使えることに気づいて、そこに車を駐車して江ノ島方面に海沿いに向かった。
結果、最高に気持ちよい。折りたたみとはいえ、長距離も走れる海外の自転車のため、スピードに乗って気持ちよい。砂の深い道を慎重に走るロードレーサーを尻目に、小径チャリですっ飛ばしていくとすかっとする。車道でないから、Ipodを聞きながら走れるのが新鮮である。いつもほとんどの有酸素運動はジムの中でテレビを見ながらしかやらないから、海沿いの太陽の下で運動するのがなぜか不思議な感じがした。やっぱり人間はお日さまの下で体を動かすべきだね。
いつも乗る新湘南バイパスを節約しようと下道で行ったら、ふらっと目にはいって立ち寄った古着屋でブランド物の半そでシャツをかなり安く入手できた。BANANA REPUBRICのシャツも千円台で売っていたがサイズはSだった。このブランドって普通にシャツ買うと1万以上するのだがこの古着屋ってめちゃくちゃ安い。。M以上なら絶対に買っていた。古着屋ってこんなにお値打ちなのかな。イメージが変わった。この店は要チェックリストに入ったな。
今日は海沿い撮影写真を1枚。江ノ島近くの海の家の設営中の風景。屋根の上で看板を書いていたおねえちゃんと背景の江ノ島が非常に絵になる。これがほんとの看板娘かな。もう夏だね。
私が今読んでいる本にて、もっとも素晴らしいビジネスモデルは営業でもなく口コミでもなく、その店のファンの皆さんがその店をサポートする側に回って下さることだと書いてありました。ビジネスではありませんが、そのお寺には理想のビジネスモデルが根付いていました。素晴らしい本堂も御本尊もありませんが、本当に檀家さんの手作りで運営されているお寺という印象を強く受けました。本当の信仰とはそんな形ではないかと私は思います。代々伝わる檀家さんからの多額の寄進で素晴らしい建物が存在していても、それは本筋でありません。民の救済という仏道からすれば、本当はお金なんていらないはずです。私はお寺に説法を聞きに行くのは今回が初めてでしたが、御住職の生き様にとてもすがすがしさを感じました。正直言ってお話しそのものより御住職の生き方とその周りのサポートする人たちに感動しました。月一でこれからも続けていくとのことでしたので、また通ってみようと思います。どうも日蓮宗らしいのですが、説法に宗教色はまったくありません。人としての生きる道についてのみお話をされています。ちなみに私は特定の宗教には今のところ、まったく関心がありません。というか宗教そのものは嫌いです。ただ仏道を通じた人の在り様や生き様には興味があります。こういっては何ですが、いろいろな宗教の生きていくうえでの様々な知恵をかいつまんでいけばいいと思うのです。そのために本を読みあさりたいな。また役に立つ話をゲットしたら紹介していきます。
内容としては、素晴らしく良くできていた。韓国映画は突然の病や交通事故や記憶喪失や失踪などシナリオの展開が早く前後関係の理解が難しいものが多いが、この映画はゆっくりとシナリオが流れていく。簡単に要約すると、新婚生活の真っ只中に奥さんがアルツハイマ病にかかったことが発覚して夫婦でそれを乗り越えていこうとする内容なのだけれども、男の俳優がすごくいい演技をしている。部屋に入った瞬間、目の表情だけでひとけのないことをうまく表現していたり、言葉にしなくても微妙な表情の変化でおかれている状況をうまく描写できていると思った。また痴呆を扱った最近の映画だと「博士の愛した数式」と主人公の立場は良く似ているが、こっちのほうは痴呆についての描写がはんぱなくリアルである。だんなと親族が集まった中で、ヒロインがおしっこを漏らしたりするシーンもある。その姿をだんなが見て、別室に彼女を連れ込んで、自分の着ていた服で彼女の足と服を泣きながら拭っていた。人を好きになるということはきれいごとだけではすまされない現実を韓流に強烈に表現されていてそれが素直に心を打った。
自分にとって6月は映画の当り月のようだ。いい映画を見たら、自分の記憶の定着としてもこのブログにのこしていきたい。
そこの喫茶店はピアノの生演奏があっていつも土曜の夜には生演奏をやってくれる。そこのピアニストの人は、テクニック的にすごく秀でているというわけではないのだけれども、本当に心に訴えかけるような音色で音を奏でる。私が今見ている映画も読んでいる本も仕事で体験している事も全て、こういう音を出すための基礎的な財産として捉えられたら、無駄なことは一切ないと思う。やっぱり人生体験の多少は、楽器から発する音に影響を与えると思う。それが本や映画という疑似体験でもいいから、そういう場数を踏んでいる人のほうが表現の奥深さみたいなものがあると思う。私がリストやショパンを軽やかに弾きこなす小学生たちに勝てるのはそういう要素なのではないだろうか。読んでる本や映画館で見た映画の数はそこそこあると思う。無駄に大人になったわけではないのでいい円熟味を出せる(おっさんくささではないよ)演奏する人になりたい。
収入的な安定性から言うと、こういう店で弾くことを生業としている人たちは、軌道に乗せてそれを維持していくのは、非常に情熱と努力が求められると思う。でも本当にやりたいことを職業にすることほど素晴らしいものはないと思う。いい高校に入っていい大学に入って、大きな会社に入っていっぱい残業をして出世していくことを美徳として教えられてきたから、こういう潔い生き方にいまさらながらあこがれる。
今読んでいる本は、ちょっと上で述べたことに関係があって、経済的成功と人生の豊かさの両立をはかるためについてかかれている本を読んでいる。その本には面白いことが書いてあって、「好きなこと」「得意なこと」「経験があること」「ライフワーク」「お金になること」この五つのバランスが取れて初めて幸せに成功できるとのことらしい。なるほどなと思った。数年で上場企業に育て上げたIT企業家たちは経済的成功を手にして入るが、常人には耐えられないほどのスケジュールとストレスの犠牲の上に成立していると何かで読んだ。そういう外面的な成功ではなく、本当に心の豊かさを伴った経済的な成功のための考え方についてかかれている本をいま読んでいる。まだ読みかけだが今日一日で三分の一くらい読んでしまった。大金持ちになれるかどうかは別として、金持ちに共通する社会と金の流れの知識は存在するらしい。まだ読みかけなので読んだらまた紹介したいと思う。