今週の温泉は横須賀の観音崎にあるSPASSOというところに行ってきた。近くの道路に行ってもほとんど看板もなくホテルの脇にひっそりとあるのでふらっと看板を見て入ってこれないような仕掛けになっている。それが客層を上げている効果かもしれない。高いリピート率を前提としないとこういう店構えはビジネスとして成立しないんじゃないのかな。のれんのないラーメン屋が昔に東京の三田にあったけどそんな感じ。店の外に牛骨がぶらさがっていると営業中の意味だった。まさに常連しかよせつけない(笑)。なぜSPASSOを知ったかというと、新車情報を扱うHPで車を使って旅をする物語みたいなコーナーがありそこでSPASSOが登場してたから。
あまり期待しないでいったのだが、受付もいい感じにきれいでリゾート風な感じが良い。今はもうないが、六本木にあった私のお気に入りのZABOONとよく似た雰囲気を持っている。ZABOONのレストルームはすごい。ゴルビジェっぽいソファが広い空間にたくさんおいてあってどっかのバーに来た様な雰囲気。ソファの革の質感もかなり良かった。椅子好きの私も大満足のところだった。でも今はもうない。
今日行ったSPASSOは露天風呂から見る海も絶景で沢田公園内露天風呂とは違った趣あり。床に使っている白いタイルも厚くて高級感あり、小さな施設だったが内装の高級感に手抜きはなかった。平日だと、タオル大小ついて1400円だからこれは安い。バイクでくると、R16を飛ばせばすべて下道で鴨居周辺のバイク保管庫から1時間でつく。ただし白バイ注意か。ある意味いつもの箱根よりアクセス性良し。月一できそうである。友達と車で来たら、渋滞もあるので倍以上かかるだろう。横須賀駅から一時間に3本バスも出ていてそこから30分で着く。友達と来るなら電車できてビールでやるしかない。自称温泉ソムリエとしては、ここはおすすめ。あんまり紹介したくないけどネタもないのでのせました。リンク貼るとあれなんで、ググッてみてください。
今日は観音崎の海岸の風景とその温泉の入り口の写真を載せます。
近~中距離の移動なら、原付2種のスクーターは80kmくらいのスピードも出てその辺に路上駐車しても風景に溶け込むから最高に便利なのだけれども家から3kmくらいにあるららぽーとの映画館に行くには自転車がいちばんいい。
なぜならアルコールを多少残った状態で映画に見に行ったりするので自転車しかない。映画を見終った後に常に込んでいるJR横浜線に乗ると急に現実に引きずり戻されるから。イギリス映画ののどかな田園風景を見て、あ~のどかだなあとほろ酔いで感動していても横浜線に乗ると、殺伐感あるんだよなあ。ここはインフラとしてすでに飽和状態を超えている。だから通勤はバイクだし、映画を見に行くのも自転車。
今考えているのは、無印の20インチの自転車。今までキャノンデールとかスペシャライズドとか競技用の自転車しかこの10年乗ってこなかったからあえて原点回帰したい。早く走るわけではなくのんびりと飲み物を飲みながら走れる交通手段が欲しい。重さ10キロを切るMTBに細身のスリックタイヤを履かせると、ロード並みに軽快に走れてかつ階段もどかどか下りれて楽しいけど、どこか眉尻を上げて走ってしまうんだよね。気合の入ったママチャリが迫ると絶対ぬかせるものか~ってね。無印の小径チャリとかだと抜かれてもああどうぞ~みたいな感じで許せそうだし、盗まれてもいいような場所にも駐輪できるからある意味最強かもしれない。今度の休みに予約してきたいと思う。
翌日世田谷のバイク屋に持っていったら、後輪のホイールベアリングが割れていた。ベアリングの破損は放って置くとロックして事故につながるらしい。早めに気づいて良かった。これからいろいろ維持に出費がかかると思うが、部品が手に入るまで乗りたい気持ちもある。でも体が元気なうちに300km出る逆車にも一度乗っておきたい。完全なおじさんボディになってから、リッターバイクに乗っても体がついていかないからなあ。
まあそんなこと考える前に、いろいろ仕事の悩みは尽きないわけであったりもする。社会人になってはや10年。いろいろな修羅場はあったが、今回のはでかい、さらに長い。人生のプライオリティをどこに置くかを明確にすることで、この危機を乗り越えられたらと思う。最近は辛い事や嫌な事に体が慣れすぎてしまっている自分が怖い。だからこそ土日は無駄にしないよう必死に生きるんだろう。生きてきて本当に良かったなと思える瞬間は本当に少ない。一番生きていてよかった思ったのは、カザルスホールで早島万紀子というオルガニストの人によるバッハの演奏を聴いた瞬間がそうだった。聖路加病院の礼拝堂でも同じ方の演奏を聞いたがカザルスホールで聞いたバッハが最高だった。その方の表現する音楽というのは、本当に音のひとつひとつが美しい。パイプオルガンは、管の中をコンプレッサーで充填した空気が流れる単純な構造だから、音色は正直言って演奏家によってばらつきはたぶんないんですよ。ただその人の奏でる曲はひとつひとつパッセージの間合いがすごく絶妙で適切なんです。自分の出した音に対して鍵盤をリリースする最後の最後まで責任を持っているかのようなんです。うまい表現はできないな。初演をよく手がけるらしいんですが、その頼まれる理由がとても良く分かる。あとバッハはバイオリンやチェロやチェンバロや木管楽器などいろいろな楽器によって演奏されるが、その最高の表現手段はやはりパイプオルガンだと思う。不協和音を含めた音の混じりあいの美しさはどんなピアノをも越えると思う。20Hz以下の耳に聞こえない帯域の周波数の音波がホールの壁や床を揺らすんですよ。低ければいいってわけではないんですが、用は上にも下にも聞こえない領域の音を含めて荘厳な響きがホールを包むという体験が真に神秘的なわけです。生まれ変わったら教会専属のオルガニストになりたい。もし音大に今から入るとしたら迷わずオルガン科かな。
う~ん、どうしても話の最後は音楽になってしまうなあ。まあ容赦下さいな。