気付いたらブログ開設から15年も経過しておりました。ここまで来るとずっと残していきたい資産に感じます。ホントに不定期にはなりますが時々気付いたら更新していきたいと思います。
今日は、ちょっとチノパンを買いに行こうと、原付でトレッサ横浜まで行ってぶらぶらしてきた。しかし、店舗がたくさんあるわりに、男物のショップが少なく女性ものがたくさんあり、ちょっと断念した。気を取り直してラゾーナまで行ってきたがやはり気に入ったものがなく、せっかく来たので、たまに立ち寄るラゾーナの酒屋さんに行ってきた。
そこで、酒屋のお兄さんにお勧めを聞いて答えてもらったのがこの焼酎。芋臭さは、ほとんどなくすっきりとした飲み口。どちらかというと麦の熟成したもののテイストに近い。ただし後味に少しだけ芋の風味が主張してくるような印象。とりあえずおいしいと思う。黒麹を使った黒霧島のような男らしい芋っぽさはないのだけれども、上品な感じがよいと思う。逆に濃い目に割っても、ぐいぐい飲めちゃうから、気づくと結構自分自身が出きあがっているような感じになる。つまみは濃い味のものよりも、淡白な脂の少ない魚の刺身なんかが合いそう。
前に行ったお寺の講和会でお食事をごちそうになって申し訳ないから、おいしい芋焼酎を持っていこうと思う。無料でありがたいお話を聞けて、その上おいしいお酒とお食事をご馳走になってしまっては、それこそばちがあたりそう(笑)。そのために今までよりハイペースで芋焼酎を新規開拓しておいしい焼酎を持っていこうと思う。またおいしい芋焼酎あったらこちらでも紹介したい。

そこで、酒屋のお兄さんにお勧めを聞いて答えてもらったのがこの焼酎。芋臭さは、ほとんどなくすっきりとした飲み口。どちらかというと麦の熟成したもののテイストに近い。ただし後味に少しだけ芋の風味が主張してくるような印象。とりあえずおいしいと思う。黒麹を使った黒霧島のような男らしい芋っぽさはないのだけれども、上品な感じがよいと思う。逆に濃い目に割っても、ぐいぐい飲めちゃうから、気づくと結構自分自身が出きあがっているような感じになる。つまみは濃い味のものよりも、淡白な脂の少ない魚の刺身なんかが合いそう。
前に行ったお寺の講和会でお食事をごちそうになって申し訳ないから、おいしい芋焼酎を持っていこうと思う。無料でありがたいお話を聞けて、その上おいしいお酒とお食事をご馳走になってしまっては、それこそばちがあたりそう(笑)。そのために今までよりハイペースで芋焼酎を新規開拓しておいしい焼酎を持っていこうと思う。またおいしい芋焼酎あったらこちらでも紹介したい。
今日ちょっとあることで賭けに出てみたけど、う~ん厳ちい。
今、このままの環境を続けようかすごく考えているところ。
どういうスタンスでこれから臨めばいいか本当に分からない。
自分自身にけじめをつけるというのは、どういうことなのか分からない。
ただ完全に清算してしまえるほど強くはないため段階的に距離を置くのがいいのだろう。
新しい風をいれつつ、今の空気は少しずつ入れ替える。それが一番のベストなんだろうと思う。
新しい世界へ漕ぎ出すために今の環境は必然的なものだったと考えるのが、賢者の捉え方なんだろね。
本はいろいろ読むけど、現実の世界で起きることを自分の中に落とし込んで咀嚼するのは一番労力がかかる。でも賭けに出れた自分を今日はほめてやりたい。
今、このままの環境を続けようかすごく考えているところ。
どういうスタンスでこれから臨めばいいか本当に分からない。
自分自身にけじめをつけるというのは、どういうことなのか分からない。
ただ完全に清算してしまえるほど強くはないため段階的に距離を置くのがいいのだろう。
新しい風をいれつつ、今の空気は少しずつ入れ替える。それが一番のベストなんだろうと思う。
新しい世界へ漕ぎ出すために今の環境は必然的なものだったと考えるのが、賢者の捉え方なんだろね。
本はいろいろ読むけど、現実の世界で起きることを自分の中に落とし込んで咀嚼するのは一番労力がかかる。でも賭けに出れた自分を今日はほめてやりたい。
この前の三連休は、本当に忙しかった。
8時間耐久カラオケに行って、ぶっつぶれた後に翌日は千葉のお寺にいって講和会を聞いてきて
その場で開かれた2次会でさらに缶ビールと芋焼酎を飲み、三日酔い状態に近い感じで夏の旅行の打ち合わせで、友人と会う。その友人と会うと必ず酒を飲むのだが、そのときはキャンセルした。そして翌日はピアノの教室関係の人たちでコンサートを聴きにいき、帰りに喫茶店によって軽くお話する。そのあと、会社そばのジムまで行って有酸素運動の限界に近いところまで自分を痛めつけた。う~んぜんぜん連休になってない。そのせいか、今週はぼ~っとしていたなあ。それでも今週はもう三回もジムにいったし、体がけっこう疲れてきた。いつもは土日はそんなに詰め込むことはないため、これだけスケジュールが立て込むとなんかある意味新鮮な世界を見た気がする。これはこれで楽しいのだが自分本来の姿ではないため、まあ年に2、3回でいいかな。最近はぶっ倒れるほどトレーニングをして、家でビールと焼酎を飲みのがやみつきになっている。へたなつまみよりも、過剰な有酸素系のトレーニングをしたほうが、さけのつまみとしては最高である。ある意味Mになってきた(笑)。でも酒飲んでも腹でないからウエスト的には「むしろマーイ!」だね。
8時間耐久カラオケに行って、ぶっつぶれた後に翌日は千葉のお寺にいって講和会を聞いてきて
その場で開かれた2次会でさらに缶ビールと芋焼酎を飲み、三日酔い状態に近い感じで夏の旅行の打ち合わせで、友人と会う。その友人と会うと必ず酒を飲むのだが、そのときはキャンセルした。そして翌日はピアノの教室関係の人たちでコンサートを聴きにいき、帰りに喫茶店によって軽くお話する。そのあと、会社そばのジムまで行って有酸素運動の限界に近いところまで自分を痛めつけた。う~んぜんぜん連休になってない。そのせいか、今週はぼ~っとしていたなあ。それでも今週はもう三回もジムにいったし、体がけっこう疲れてきた。いつもは土日はそんなに詰め込むことはないため、これだけスケジュールが立て込むとなんかある意味新鮮な世界を見た気がする。これはこれで楽しいのだが自分本来の姿ではないため、まあ年に2、3回でいいかな。最近はぶっ倒れるほどトレーニングをして、家でビールと焼酎を飲みのがやみつきになっている。へたなつまみよりも、過剰な有酸素系のトレーニングをしたほうが、さけのつまみとしては最高である。ある意味Mになってきた(笑)。でも酒飲んでも腹でないからウエスト的には「むしろマーイ!」だね。
最近、町田や鴨居といった地元で活動している、シンセサイザでインストルメンタルの自作のピアノ曲を作っている人にすごくはまっている。アマチュアなんだけれども、曲の完成度がものすごく高い。最近、仕事中もジムに行っても、家に帰ってもそればっかり聴いている。今まで自作のアルバムを9枚出していてそのうちの三枚を購入したのだが、全部すごい完成度だと思う。あえていうと初期の頃の曲調のほうが自分好み。メロディがシンプルでキャッチーで、かつ展開のパターンが多岐にわたる。88鍵ない短いシンセで弾いているのだけれども、ものすごく奥深い旋律を奏でる。自分にとっては、アンドレギャニオンも久石譲もSENSも超えたポジションにいる。なんでこんなにアマチュアで完成度が高いのだろう。それが不思議でしょうがない。商業ベースでアーティストが成功するのは、本当に運が支配する比率が相当に高いのだろうとこの人の曲を聴いて思った。だとしたらわれわれ凡人こそ、運の支配するこの世の中で、少しでも自分の運の流れを積極的に向上させながら生きないといけないんだなあと思った。メジャーデビューをして、収入を稼ぐのがひょっとしたら音楽家の最終目的ではないかもしれないけども、自分が考える形でサービスを提供して、それが収入として返ってきたら、金額を問わずそれは幸せなことだよね。なんかこの人の曲を聴いてそう思った。
最近、特に思うのだが大事なことほど前にすすむことができない。
今週あたりに読んだ文章で感銘を受けた言葉があって
「やろうかやらまいか迷っていると、それは第三の選択を選ぶことになる」という言葉だ。
自分が大切に思う物や人ほど大切にし過ぎて結局は第三の選択を選んでしまうことになる。
例え今の状況がそこで壊れてしまったとしても、第三の選択を選ぶより賢明な選択があるのかもしれない。
物でも人でも大事にしすぎると、結局は自分にもその対象にも時間といういちばん貴重なものを使わせてしまうかもしれない。たとえ結果が伴わなくてもいいから、その大切に守る姿勢を崩さないと、お互いにとって良くないのかもしれないと思った。今の自分には一度壊してもいいから前に進む勇気が欲しいと思った。
人の幸せには、いろいろ種類があって、日々の感じられる小さな幸せ、たまに感じられる中くらいの幸せ、長年の夢がかなうような大きな幸せ、だいたいそのくらいに分けられるらしい。自分の場合は、小さな幸せを守ることに固執し過ぎていたのかもしれない。今この現状をぶっ壊してそれが自分に受け入れられるか。それは株や為替と同じで、自分がそのリスクを許容できるか、その辺に関わってくる。自分は今までリスクを全部拒絶しながら生きてきたかもしれない。大きな幸せ(リターン)を得るために、本当に今の現状が壊れてしまうかもしれないけども、賭けに出てみたいと思う。あと自分に大きなリターンを受け止める裁量があるかどうかも気になる。幸せになれない人って言うのは、知らずに幸せになることを拒絶するような行動をとっている気がする。リスクをとらない限り、いつまでたっても変わらない毎日しかやってこない。とりあえず結果を気にせず行動する勇気を持とうと思う。いちばんよくない第三の選択をしないために。
う~ん、酒が入るとすごく饒舌になるねえ。あとでこれ消すかもしれない。(笑)
今週あたりに読んだ文章で感銘を受けた言葉があって
「やろうかやらまいか迷っていると、それは第三の選択を選ぶことになる」という言葉だ。
自分が大切に思う物や人ほど大切にし過ぎて結局は第三の選択を選んでしまうことになる。
例え今の状況がそこで壊れてしまったとしても、第三の選択を選ぶより賢明な選択があるのかもしれない。
物でも人でも大事にしすぎると、結局は自分にもその対象にも時間といういちばん貴重なものを使わせてしまうかもしれない。たとえ結果が伴わなくてもいいから、その大切に守る姿勢を崩さないと、お互いにとって良くないのかもしれないと思った。今の自分には一度壊してもいいから前に進む勇気が欲しいと思った。
人の幸せには、いろいろ種類があって、日々の感じられる小さな幸せ、たまに感じられる中くらいの幸せ、長年の夢がかなうような大きな幸せ、だいたいそのくらいに分けられるらしい。自分の場合は、小さな幸せを守ることに固執し過ぎていたのかもしれない。今この現状をぶっ壊してそれが自分に受け入れられるか。それは株や為替と同じで、自分がそのリスクを許容できるか、その辺に関わってくる。自分は今までリスクを全部拒絶しながら生きてきたかもしれない。大きな幸せ(リターン)を得るために、本当に今の現状が壊れてしまうかもしれないけども、賭けに出てみたいと思う。あと自分に大きなリターンを受け止める裁量があるかどうかも気になる。幸せになれない人って言うのは、知らずに幸せになることを拒絶するような行動をとっている気がする。リスクをとらない限り、いつまでたっても変わらない毎日しかやってこない。とりあえず結果を気にせず行動する勇気を持とうと思う。いちばんよくない第三の選択をしないために。
う~ん、酒が入るとすごく饒舌になるねえ。あとでこれ消すかもしれない。(笑)