気付いたらブログ開設から15年も経過しておりました。ここまで来るとずっと残していきたい資産に感じます。ホントに不定期にはなりますが時々気付いたら更新していきたいと思います。
今日は通っているピアノ教室の演奏会に参加してきた。
とりあえず肩に乗っている荷が下りた感じでほっとしている。プライベートの方が好きでやっていることだけに自分に対して真剣になれるものがある。うまくやろうとかいうことより普段やっていることをいかに忠実に再現できるかというところにもっとも注意を払った。ぶっつけ本番で普段以上の力は楽器に限っては絶対にでないのでいかに平常状態に自分のコンディションを近づけるかということに気をつけた。自分の力に対して80%くらいの出来ばえにはなったのでないかなと思う。メンタルマネージメントって本当に大事だなとつくづく思う。そこそこ満足している。ミスタッチも多かったが今回は金と時間に糸目を付けずに貸しスタジオでグランドピアノばっかり弾いていたので電子ピアノ特有の打鍵感覚からは少し足を洗えたと思う。電子ピアノに慣れすぎると鍵盤の反力の軽いのに慣れているために、ミスタッチが本番のアコースティックピアノで大幅に増える。日頃電子ピアノで特訓している人たちはそれに気をつけたほうがいいと思う。あと電子ピアノで慣れてしまうと、どんな弾き方をしても一定の音色しかでないため、自分の出した音に責任を持ちづらくなる弊害もある。だからこそ私のような電子ピアニストは本番前はスタジオに通いつめたほうが良いと思う。運指が完成したあとは、表現は全ておうちの外で仕上げた。それにたとえ家にグランドを買ったとしても仕事とジムの後の帰宅後にはまず音は出せないだろうし。あとアコースティックベースのサイレントピアノはタッチがひどい。あれはまず買わないだろう。あれなら生ピアノにクラビノーバを買い足すのが正解。まあいろいろ偉そうに書いたけど自分の演奏は最終的な目標に対してまだ10%にも満たないのでこれからも頑張ろうと思う。そのためには自分の気持ちをいい意味で欺き続ける。あと今回は写真を載せるつもりだったが、取った絵がほとんど顔が入っているため、肖像権の問題により載せられそうにない。また次回ちょっと加工でもしてアップします。
とりあえず肩に乗っている荷が下りた感じでほっとしている。プライベートの方が好きでやっていることだけに自分に対して真剣になれるものがある。うまくやろうとかいうことより普段やっていることをいかに忠実に再現できるかというところにもっとも注意を払った。ぶっつけ本番で普段以上の力は楽器に限っては絶対にでないのでいかに平常状態に自分のコンディションを近づけるかということに気をつけた。自分の力に対して80%くらいの出来ばえにはなったのでないかなと思う。メンタルマネージメントって本当に大事だなとつくづく思う。そこそこ満足している。ミスタッチも多かったが今回は金と時間に糸目を付けずに貸しスタジオでグランドピアノばっかり弾いていたので電子ピアノ特有の打鍵感覚からは少し足を洗えたと思う。電子ピアノに慣れすぎると鍵盤の反力の軽いのに慣れているために、ミスタッチが本番のアコースティックピアノで大幅に増える。日頃電子ピアノで特訓している人たちはそれに気をつけたほうがいいと思う。あと電子ピアノで慣れてしまうと、どんな弾き方をしても一定の音色しかでないため、自分の出した音に責任を持ちづらくなる弊害もある。だからこそ私のような電子ピアニストは本番前はスタジオに通いつめたほうが良いと思う。運指が完成したあとは、表現は全ておうちの外で仕上げた。それにたとえ家にグランドを買ったとしても仕事とジムの後の帰宅後にはまず音は出せないだろうし。あとアコースティックベースのサイレントピアノはタッチがひどい。あれはまず買わないだろう。あれなら生ピアノにクラビノーバを買い足すのが正解。まあいろいろ偉そうに書いたけど自分の演奏は最終的な目標に対してまだ10%にも満たないのでこれからも頑張ろうと思う。そのためには自分の気持ちをいい意味で欺き続ける。あと今回は写真を載せるつもりだったが、取った絵がほとんど顔が入っているため、肖像権の問題により載せられそうにない。また次回ちょっと加工でもしてアップします。
最近はまっているのが、DSではなくてゲームボーイアドバンスのソフトの「高橋名人の冒険島」というゲーム。これはめちゃくちゃに難しい。ゲームセンターCXという懐ゲーをクリアしていく番組の有野課長も自力クリアを断念したほどの難易度を持っている。1986年のファミコンのゲームの再販ものだがはっきりいって今のゲームとは設計思想がまるで違う。クリアさせる行為をこばんでいるかのようだ。今は全8面のうちの7-4というところをやっているが、主人公の障害避け作業はまるで針に糸を通すような瞬間が続く。スーパーマリオ2も若き日に苦しんだ記憶があるのだが「高橋名人の冒険島」はそれかをはるかに上回る。絶対に電車の中やラーメン屋の中でやってもクリアできない。指のわずかなふるえすらも拒絶する。半日家に閉じこもって悟りが開けないと7面以降は進まない。誰にも認めてもらうことのないクリアという純粋な自我への要求のみで毎日やってます。ピアノとは対極的だなあ。ゲーム好きの人はぜひやってね。苦しみの中にクリアするという最高の喜びと自尊心がたっぷりと味わえます
明日から楽器の練習がせわしなくなりそうなので少し更新だけやっとこうと思います。
完全に趣味の域から超えてしまって多少の義務感を伴ってやっていますがまあしょうがない。何か物事が開ける瞬間というのはいつもなにかしらの苦痛を伴うような気がする。心地よいレベルで練習や勉強をしていても何かが開けることは少ない。バイクのコーナーでも多少しくじったら死んじゃうかなという突っ込みで曲がろうとすると今まで感じたことのない遠心力を感じながら曲がったりすることがある。分かりずらいたとえだけどもそれに近い。どんな些細なことでもいいから昨日までの自分をひとつでも越えながら日々暮らしていけるとものすごい人間になれるんだろう。なんかの本で読んだけど、人が本当の幸せを感じられる瞬間というのは、使いきれないほどの財産や高い地位や名誉や恋人や友達の存在ではなくて、自分の成長が自分で実感できる瞬間らしい。自分でっていうところがポイントだね。いくら他人に絶賛されても自分が認めない限り意味はない。なんとなく理解できるが残念ながら使い切れないほどの財産をまだ(まだね)手に入れていないのでほかの幸せと比較することはできないな。そういう意味では成長が実感できる趣味というのは贅沢だよね。さあもうちょっとがんばろ。
完全に趣味の域から超えてしまって多少の義務感を伴ってやっていますがまあしょうがない。何か物事が開ける瞬間というのはいつもなにかしらの苦痛を伴うような気がする。心地よいレベルで練習や勉強をしていても何かが開けることは少ない。バイクのコーナーでも多少しくじったら死んじゃうかなという突っ込みで曲がろうとすると今まで感じたことのない遠心力を感じながら曲がったりすることがある。分かりずらいたとえだけどもそれに近い。どんな些細なことでもいいから昨日までの自分をひとつでも越えながら日々暮らしていけるとものすごい人間になれるんだろう。なんかの本で読んだけど、人が本当の幸せを感じられる瞬間というのは、使いきれないほどの財産や高い地位や名誉や恋人や友達の存在ではなくて、自分の成長が自分で実感できる瞬間らしい。自分でっていうところがポイントだね。いくら他人に絶賛されても自分が認めない限り意味はない。なんとなく理解できるが残念ながら使い切れないほどの財産をまだ(まだね)手に入れていないのでほかの幸せと比較することはできないな。そういう意味では成長が実感できる趣味というのは贅沢だよね。さあもうちょっとがんばろ。
以前に行ったストリングラフィという楽器を紹介。
これは最高で5mもある紙コップを付けた長い絹の糸を木綿の手袋でこすって音を出す楽器のこと。何十本もある弦に対して演奏者は4人くらいいて、ソプラノ、アルト、ベースと3パートに分かれる。中にはバイオリンでいうピチカート(弦をはじいてパーカスのような音を出す)専門の人もおり音色も多岐に渡る。クラシック楽器で言うと一番近い表現は、バイオリンの音を蓄音機で聞いているような印象。音はマイクで拾って増幅しているが、けっこう生っぽい音がする。正直言ってきれいではない。ただまだ発明されて間もない楽器なのでこれから改良を加えていくことによりとんでもない可能性を秘めている楽器だと思う。こういう楽器をみずから発明してコンサート活動を行い海外演奏活動までしている方に深く尊敬の念を送りたい。今度は大きな会場で聞いてみたいと思う。

これは最高で5mもある紙コップを付けた長い絹の糸を木綿の手袋でこすって音を出す楽器のこと。何十本もある弦に対して演奏者は4人くらいいて、ソプラノ、アルト、ベースと3パートに分かれる。中にはバイオリンでいうピチカート(弦をはじいてパーカスのような音を出す)専門の人もおり音色も多岐に渡る。クラシック楽器で言うと一番近い表現は、バイオリンの音を蓄音機で聞いているような印象。音はマイクで拾って増幅しているが、けっこう生っぽい音がする。正直言ってきれいではない。ただまだ発明されて間もない楽器なのでこれから改良を加えていくことによりとんでもない可能性を秘めている楽器だと思う。こういう楽器をみずから発明してコンサート活動を行い海外演奏活動までしている方に深く尊敬の念を送りたい。今度は大きな会場で聞いてみたいと思う。